漫画を読む。

日々読み漁る漫画の感想絵日記。





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霊能者・寺尾玲子の新都市伝説 闇の検証【戦国・幕末時代編】☆

昔々の大昔、少女向けのホラー漫画雑誌、月刊『ハロウィン』を夢中になって読んでいた。
『魔百合の恐怖報告(ショックレポート)』、覚えてる、覚えてる。
作者が漫画家の山本まゆりで、その友人が霊能者の寺尾玲子なのね。
霊障に悩む読者から相談を募って、玲子さんが解決を図るという実録系の心霊漫画だったのよ。
その玲子さんが戦国武将をも霊視していたとは、ちっとも知らんかった。
これは、是非とも読まねばならぬ。
薄幸の佳人◆お市の方の謎
沈黙の敗将◆明智光秀の謎
仕組まれた埋葬◆大阪城の謎
徳川の女達◆千姫の謎
最後の呪法◆武田信玄の謎
最後の戦国大名◆独眼竜政宗の謎
大輪の死に花◆真田幸村の謎
パワーエリアの陰と陽◆日光の謎
黒衣の宰相◆天海僧正の謎
戦国人物模様◆細川ガラシャの謎
信念の求道者◆上杉謙信の謎
隻眼の軍師◆山本勘助の謎
騒乱の世に散った剣士達◆新撰組の謎
無念の闇に迷う◆白虎隊の謎
毒婦の呪い◆薩摩・島津家の謎
変革期の英雄◆西郷隆盛の謎
…と、このような構成になっている。
霊的に視る、徳川家とは一体???

・徳川家康
人間的な大きさは、トップレベル。
人を受け入れて、登用するのが上手で、家康に会った人は、誰もがファンになってしまう。
なるべくしてなった天下取り。

・築山殿
プライドが高くて、品の良い綺麗な人。
痩せ型で、老けて見える。
家康を下に見ている。
自害の覚悟があったのに、家臣に殺されたのが、とにかく口惜しい。

・信康
築山殿と似ている。
織田信長に付き従う家康に、不満と憤りがある。
聡明で武将らしい武将だが、死ぬ間際は、精神錯乱状態だった。
築山殿と信康の恨みで、信長は天下を取れなかった。←

・徳川家光
プライドが高くて、気が強い。
曲者で、毒がある。
家康と天海と春日局の指示には従う。

・天海僧正
サイキックなパワーの持ち主。←
もともと日光に居た天狗のようなモノ(=かつての修験者たち)を日光の守りに利用した。

・春日局
顔が大きくて、美人とは言えないオバチャン。
バリキャリのモーレツ社員タイプだが、魅力的で話が面白い。

・千姫
小柄で、穏やかな性格。
家光の女たちの後見役だったので、小姑っぽくて、何かと目障りに思われていた。
だから、スキャンダラスな噂を流された。

…以上。
有名な歴史小説を数冊ほど読めば、誰でも霊視できそうな内容ではありますが、信じるも信じないも、あなた次第という事で、一つ宜しくお願いしますよ。
家康さんたら、スケールが大きい人なのに、妻子から微妙な扱いを受けているじゃないかw
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posted by サイ 22:09comments(0)|-





三州 上郷城物語★

郷土愛に溢れている!
鵜殿愛に溢れている!
『三州 上郷城物語』は、鵜殿長照を徹底的に擁護した…
…いや、英雄視しようと頑張った蒲郡人による蒲郡市の歴史本である。
鵜殿ドノのママは、今川義元サマの妹だから、鵜殿ドノが今川家に忠誠を誓うのは、とってもステキな事だと思うの。
だけど、上郷城の戦いで、分家に外方を向かれた鵜殿ドノは、徳川家に負けてしまった。
鵜殿ドノの息子さん兄弟は、徳川家に捕縛されて、家康の妻子と人質交換へ。
辛うじて、鵜殿ドノは城から脱出したけれど、坂でスッ転げて、無念の討死。
鵜殿ドノがコケた坂は、「転ぶと怪我が治らない坂」というオカルト伝説を生み出した。
大高城で兵糧を切らして、「ヘルプミー!」だったり、運が悪いと言うか、間が悪いと言うか、もしかして、鵜殿ドノは間抜けなんだろうか。
しかし、『三州 上郷城物語』の鵜殿ドノは、ひたすらカッコ良いぞ。
分家の力に頼らず、本家の力だけで、我が身ひとつで、裏切り者の岡崎衆を迎え撃つ!
これこそが主家に対する最後の御奉公!
鵜殿ドノは、逃げたのではない!
死に場所を求めて、流離っていただけなのだッ!
キャー、惚れてまうやろー(//∇//)
…作者、必死だなw
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posted by サイ 22:47comments(0)|-





一騎当千!関ヶ原合戦★

『一騎当千!関ヶ原合戦』は、関ヶ原の戦いを面白おかしく解説した歴史本である。
パチンコ☆エロエロな出版社のムックなので、正直、期待しなかったのね。
…あら、ヤダ!
意外とイイ!(ナオマサ)
関ヶ原本戦だけでなく、伏見城攻め、田辺城包囲戦、浅井畷の戦い、上田城の戦い、慶長出羽合戦、大津城の戦い、石垣原の戦い。
そして、女たちの関ヶ原。
全国各地の合戦と、それぞれの参戦武将まで紹介されている。
歴史MOOKシリーズは、戦国武将を数値化するのが好きらしい。
さて、我らが徳川軍団の能力値は如何に…?

天下獲りに王手!
徳川家康軍団
 戦 術 ★★★★★★★★★★
 装 備 ★★★★★★★★★☆
 兵 力 ★★★★★★★★★★
 戦闘力★★★★★★★★★★
 統率力★★★★★★★★★★

関ヶ原を駆け抜けた赤い疾風
井伊直政軍団
 戦 術 ★★★★★☆☆☆☆☆
 装 備 ★★★★★★★★☆☆
 兵 力 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
 戦闘力★★★★★★★★★☆
 統率力★★★★★★★★★☆
 
先鋒で初陣を飾った若武者
松平忠吉軍団
 戦 術 ★★☆☆☆☆☆☆☆☆
 装 備 ★★★★★★★★☆☆
 兵 力 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
 戦闘力★★★★★★★★☆☆
 統率力★★★☆☆☆☆☆☆☆

迷う秀秋に寝返りを強要
奥平貞治軍団
 戦 術 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 装 備 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 兵 力 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 戦闘力☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 統率力☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

最強の三河武士
本多忠勝軍団
 戦 術 ★★★★★☆☆☆☆☆
 装 備 ★★★★★★★☆☆☆
 兵 力 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 戦闘力★★★★★★★★★★
 統率力★★★★★★★★★★

三河武士の鑑!
鳥居元忠軍団
 戦 術 ★★★★☆☆☆☆☆☆
 装 備 ★★★★★★★☆☆☆
 兵 力 ★★☆☆☆☆☆☆☆☆
 戦闘力★★★★★★★★☆☆
 統率力★★★★★★★★★★

謀将に翻弄された律義者
徳川秀忠軍団
 戦 術 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
 装 備 ★★★★★★★★☆☆
 兵 力 ★★★★★★★★★★
 戦闘力★★★★★★★★☆☆
 統率力★★★★★★★★☆☆

上杉勢を牽制した猛将
結城秀康軍団
 戦 術 ★★★★★★★☆☆☆
 装 備 ★★★★★★★★☆☆
 兵 力 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
 戦闘力★★★★★★★★☆☆
 統率力★★★★★★★★☆☆

徳川軍団は、「戦術」は低いけれど、「戦闘力」と「統率力」の数値は高いようだ。
「兵力」がもう少し高ければ、西軍に完全勝利どころか、いきなり天下統一どころか、大宇宙まで制圧できる。
そういった感じの能力値ですねw
…ところで、関ヶ原のタダカッチャン、そんなに活躍したか?
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posted by サイ 18:57comments(0)|-





日本史 怖くて不思議な出来事☆

『日本史 怖くて不思議な出来事』は、無理やり感が漂う歴史オカルト本である。
例の*肉人*ですよ、肉人。
形は小児のようで、全身が膨らんでいて、ノッペリとしている。
手はあるのに指はなく、その手を空に上げて、駿府城の中庭に立っていた。
作者は、この肉人を宇宙人だと断定した。
当時の日本の最高権力者である徳川家康にコンタクトをとる為、未確認飛行物体すなわちUFOに乗った宇宙人が駿府城の中庭に舞い降りた。
そして、「俺様は宇宙からの使者」と言わんばかりに、天に向かって腕を突き上げ、猛烈に自己アピールしたとw
流石は、アタクシの大御所様だな。
*リトルグレイ*ですら、親交を求めて、やって来るとはな。
結局、肉人は、駿府城から遠く離れた小山に追い払われた。
家康さんたら、アブダクションされなくて、本当に良かったですねえ。
もし、脳内にマイクロチップでも埋め込まれたりしたら、今頃、日本は宇宙人の植民地になっていたよ。
いやー、危なかった、危なかった。
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posted by サイ 16:01comments(0)|-





お江戸の「都市伝説」☆

『お江戸の「都市伝説」』は、江戸時代の怪談、奇談、七不思議を集めた歴史オカルト本である。

怪談集『宿直草』によれば、河内の若江では、田の上を多数の火の玉が飛び交ったそうな。
この地域は、若江の戦いであり、大坂夏の陣であり、豊臣家のアイドルスター☆木村重成の死所でありますなあ。
古戦場に現れる怪火は、「古戦場火」と呼ばれる。
何と言うか、まんまストレートなネーミングですね。

結城家埋蔵金伝説。
結城晴朝は埋蔵金を隠し持っていて、それを家康が付け狙っていた。
晴朝の死後、家康も大岡越前も必死になって、お宝を探したけれど、結局は見つからなかった。
家康は他所様の埋蔵金よりも、自分の徳川埋蔵金の方を心配した方が良いな。
ほら、糸井重里が付け狙って…。

アタシって、超☆モテ女なの!
初めての豊臣秀頼サマ、好みじゃないけど坂崎出羽守、大本命の本多忠刻サマ…。
色んなオトコと、浮名を流したわ!
忠刻サマが死んじゃった後は(ノ_-。)、断然、花井壱岐!
でも、コイツ!
浮気しやがった!
殺す!
女も殺す!
…キシャァァァ!
(※刃傷沙汰になりました)
も〜う、美男だったら、誰でもいいわ!
だって、アタシ、アラサーの肉食系女子だもん!
ガッツリと食べちゃう、アタシはイケメン食い!
徳川家としては、千姫のハレンチ行為が世間に漏れ聞こえると大変だ。
千姫の相手をした男たちは、次々と井戸へ投げ込まれて、怨霊になったという。
千姫さんたら、物凄くパワフルな女性ですねw
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posted by サイ 22:47comments(0)|-





本当は怖い戦国武将たち★

大量虐殺!
 親殺し!
  下克上!
鬼畜だらけ! 戦国武将たちの
 「黒すぎる実像」を全暴露!
誰も書けなかった!
 身も凍る戦慄エピソード満載
アナタの知らない
 戦国武将たち
  「裏の顔」
釜茹、ノコギリ引き、牛裂き…
 まさしく生き地獄
  戦国時代の拷問
最も多く人を殺した
 「最悪の武将」はこの男だ
  信長か!?秀吉か!?それとも…!?

『本当は怖い戦国武将たち』は、美化され過ぎている五十名の戦国武将たちの恐ろしき実像に迫った歴史与太本である。
上記のようなオドロオドロしいフレーズが表紙を好き勝手に踊りまくる。
如何にも、下衆っぽいでしょ?
その通り、下衆なんですよ。
五十名の戦国武将たちを徹底的に扱き下ろす。
よくぞ、ここまで、彼らを誹謗中傷できるもんだ。
…と、ウッカリ感心してしまったw

さて、我らが徳川家からは、三名が選出されている。
適当に、見出しを拾ってみたぞ。
『殿といっしょ』的に言えば、本多正信さんの変態度が低いかな。
石川数正さんは、極悪偏差値が低いので、お家でシッカリ勉強しましょうw

恐怖の毒殺魔 徳川家康
 鬼畜度★★☆☆☆
 変態度★★☆☆☆
 腹黒度★★★★★
 冷酷度★★★★★
 極悪偏差値70
これが徳川家康の正体!
 一. 息子と妻を殺して保身をはかる
 二. 邪魔なライバルたちを毒殺
 三. 蛇のようなしつこさで反逆者を抹殺
【結論】ライバルの死に家康の怪しい影が!

徳川幕府の謀略担当 本多正信
 鬼畜度★☆☆☆☆
 変態度★☆☆☆☆
 腹黒度★★★★★
 冷酷度★★★★★
 極悪偏差値60
これが本多正信の正体!
 一. 一向宗を煽動して騒ぎをおこす
 二. 前田利長に濡れ衣を着せる
【結論】狙われたら必ず罠にハメられる疫病神

徳川家の売国奴 石川数正
 鬼畜度★☆☆☆☆
 変態度★☆☆☆☆
 腹黒度★★★★☆
 冷酷度★★★☆☆
 極悪偏差値45
これが石川数正の正体!
 一. 突如、徳川家を出奔
 二. じつは二重スパイ?
【結論】家族同然の主君を裏切ったドライな男
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posted by サイ 22:23comments(0)|-





戦国武将占い〜人気の名将に萌えまくれ!〜★

『戦国武将占い〜人気の名将に萌えまくれ!〜』は、タイトル通りの萌え占い本である。
チャート診断で、自分の武将タイプが分かるんだってさ。
其の一、前田慶次【自由奔放型】
其の二、徳川家康【臥薪嘗胆型】
其の三、島津義弘【沈黙鬼神型】
其の四、上杉謙信【理想追求型】
其の五、直江兼続【頭脳明晰型】
其の六、織田信長【有言実行型】
其の七、豊臣秀吉【立身出世型】
其の八、武田信玄【文武両道型】
其の九、大谷吉継【不遇悲運型】
其の十、真田幸村【義理人情型】
上記の彼らがラインナップされている。
NHK大河ドラマ『天地人』の放送期間中に、この本が発売されたんでしょうな。
上杉家に偏り過ぎ!
…と文句を言いながらも、早速、診断してみた。
「はい」又は「いいえ」の質問を3つ答えただけで、私の武将タイプが決定したぞ。
其の三、島津義弘【沈黙鬼神型】
私は、無口な鬼ババァ。
誰よりも熱い男前なタイプなんだとよ。
駆け引きが苦手な一本気な性格の為、ビジネスで財を成す事は非常に難しい。
だが、熱烈な応援者を得るだけの人望があるので、金銭的には、さほど困窮しないハズ。
「(申し訳なさそうに)…誰か、銭こ貸してくんない?」
こうやって、人生を生き抜けば良いんですね?
よっく分かりましたw
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posted by サイ 21:52comments(0)|-





「戦国合戦」意外・驚きエピソード★

この本はタイトルの通り、戦国武将の合戦に纏わるエピソード集である。私は親徳川派なもんだから、彼らの事が気になって気になって、たまんない訳よ。…では、行ってみよう!

v 酒井忠次 v
姉川の戦いの前日、先鋒を任された池田恒興は、「我々、先鋒だけで浅井長政軍を撃退するので、後ろまで敵を行かせない」と大言壮語を吐いた。「そんな話は、明日の戦いが終わってからにしろ」と酒井忠次は言い残して、その場を去った。翌日、戦いが始まると、浅井軍の猛攻撃に池田隊は耐え切れず、後方の酒井隊に逃げ込んだ。そしたら、忠次さんたら怒っちゃって、恒興をとっ捕まえて、「昨日の発言とは、大違いの状況ではないか!」と、刀の鐺(こじり)で恒興の馬を打って、恒興を落馬させた。息子の輝政クンは置いといて、恒興自身は徳川家と相性が悪いなあ。長久手の戦いでは、こんなに立派な勝入塚になっちゃって…。南無…( ̄人 ̄)
勝入塚

v 渡辺守綱+大久保忠佐 v
三方ヶ原の戦いの時、援軍の佐久間信盛らは、家康の出陣を引き留めていた。家康は出陣したがったが、とりあえずは、信盛の忠告に従った。しきりに挑発を繰り返す武田軍に、徳川軍の兵は、「臆病者の織田軍に、大将の出馬を止められてしまった。せめて、敵を見物してやろう」と浜松城の正門に向かった。しかし、門は閉まっていたので、塀を乗り越えて、武田軍を見に行った。正門の守備を任されていたのは、渡辺守綱と大久保忠佐である。守綱は慌てふためいて、家康に報告に行った。だが、相方の忠佐は煽りまくって、次々と兵を危険なオンモに送り出す。守綱から報告を聞いた家康は、「もう、戦うしかないじゃん!」と内心はチャンスと喜びつつも、仕方がないと言い訳しながら出陣した。守綱さんは真面目っ子で、忠佐さんは煽り屋だったのか。なかなか、興味深いのう。

v 榊原康政 v
三方ヶ原の戦いで勝利した武田軍は、浜松城の近くに陣を構えた。それを腹立たしく思った榊原康政は、百人ほどの兵を率いて、武田勝頼の陣営に向かって、大声を上げて鉄砲を放った。夜襲かと混乱する勝頼。イカす康政。ここまでは、有名なエピソードだよね。まだ、続きがあった。目的を達した康政は、「いよいよ、明日は敵の城攻めがあるだろう。我が軍に勝ち目はないな。まっ、家族を井戸の中に避難させて、後は勝手にすれば?」と家臣に命令したという。投げ遣り感の漂う康政さんって、新鮮だわ。この時代の康政さんは、まだまだ若いから、自暴自棄なところもあったのかもしれない。

v 本多忠勝 v
長篠の戦いで敗北した武田軍は、家宝の旗を持って逃げ帰る元気もなく、それを途中で置いていった。追撃していた本多隊の兵がこの旗を拾い上げた。忠勝の家臣が前に進み出て、「戦いに負けたからって、家宝を捨てる事はないだろう」と武田軍をからかった。これを聞いた武田軍の兵は、「古い旗なので、捨てても惜しくはない」と強がりを言った。すると、忠勝の家臣は、「だから、馬場信房や内藤昌豊も、長篠に捨てていったのか」とブラックジョーク。本多隊は爆笑した。本多隊は結構、意地悪さん?

馬場信房公の墓
馬場信房公の墓
すぐ近くに、長篠城がある。殿軍を務めていた信房は、勝頼が退却するのを見届けてから反転して、追撃軍と戦って…。愛知県新城市長篠周辺は、無常観がヒシヒシと伝わってくる。…でも、そこがイイ!

内藤修理亮昌豊の墓
内藤修理亮昌豊の墓
な 内藤の
  陣地も墓も
  天王山
『設楽原古戦場いろはかるた』より。主戦場となった連吾川から、およそ300mしか離れていない。ここで、昌豊は踏み止まって、最後の最期まで戦ったのだろう。
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posted by サイ 17:43comments(0)|-





歴史探訪に便利な日本史小典

『歴史探訪に便利な日本史小典』は、その名の通り、博物館や美術館に行く時に役に立つ教科書のような日本史手帳である。日本史重要年表や日本年号一覧表だけでなく、縄文土器や弥生土器、神社建築や仏像の種類まで載っている。この手帳を幾度となく読み込めば、天皇家125代を自然と諳んじる事が出来る日がきっと来る!かも?『日本史の人々』というページには、各時代の重要人物の名前と生没年、その人が何をしたかを3〜5字の文字数で簡潔にまとめてある。が、無理やり過ぎて、結構笑える。
細川忠興   1563~45 妻ガラシア
宇喜多秀家 1573~55 〃八丈島
忠興さんは、奥さんのオマケ的な存在なんですね。そして、やっぱり秀家さんは、八丈島なんですねw

五月人形
五月人形
上段左から、本多忠勝、徳川家康(「大ふへん者」の旗が邪魔)、黒田長政、伊達政宗。
下段左から、上杉謙信(写ってません)、前田慶次、直江兼続、真田幸村(写ってません)。

本多忠勝
本多忠勝
上野松坂屋の食堂で、友人と紅茶を飲んでいたら、キャッ!偶然、タダカッチャンに会っちゃった。甲冑がカッコイイからか、この豪華メンバーの中に、長政も居た。長政、居辛そうだな。まあ、頑張れ。

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posted by サイ 18:40comments(0)|-





[関ヶ原の戦い] 日本史上最大の大会戦★

何で何で、表紙が石田三成と黒田長政なんだ!長政所用の黒漆塗桃形大水牛脇立兜が絵的にカッコイイから?加藤嘉明のくコ:彡みたいな兜(銀箔押富士山形張懸兜)は、いつ見ても微妙すぎる。この本には、『空撮 関ヶ原東西両軍布陣図』という折込ポスターのようなページがある。現在の関ヶ原周辺を空撮した地図に、東西両軍の布陣図を重ね合わせた物だ。おお、これは燃える。東海道新幹線(下り)で、岐阜羽島駅を越えて暫くすると、車窓から「杭瀬川」の看板が一瞬だけ見える。杭瀬川の橋上を通る度、ここで中村一栄と有馬豊氏が島左近に散々ボコられて、激昂した徳川家康は、本多忠勝と井伊直政に敗残兵の撤収を命じたんだよなあ。…と進行方向の左を見て、ニマニマしていた。が、戦場は逆だ!進行方向の右を見て、ニマニマするのが正解だった。空撮地図によって、私はオノレの過ちに気付いたのであった。アリガトウ、新・歴史群像シリーズ。アリガトウ、学研。

当然、関ヶ原本戦も面白いけれど、その前日の動きだって、とっても興味深い。美濃赤坂の岡山本陣に家康が着陣。杭瀬川の戦い。西軍が関ヶ原へ転進。松尾山に小早川秀秋が布陣。これらは全て、同日の出来事なんだって。各所に物見や伝令が飛びまくって、情報が錯綜しているハズだよね。東西諸将は、それぞれ何を思ったのだろう。…と想像するのも、また楽しい。

さて、関ヶ原本戦のお話。三成が陣を敷く笹尾山を攻めるは、黒田隊と細川忠興隊である。思いの外、石田隊は手強いぞ。正面突破は困難と考えた長政は、鉄砲隊を密かに迂回させた。三成本陣に向かって右翼、伊吹山系の小さな丘に移動した長政の鉄砲隊は、島隊の側面に、一斉射撃を加えた。左近は被弾して、後退を余儀なくされた。コーエーの『決戦』でも、効率良く黒田隊を動かそうとすると、こういう行軍ルートになるのね。で、特殊戦術・鉄砲三段の出番よ。『決戦』は実に良く出来たゲームだな。

法事のついでに、関ヶ原に行って来た。今回で、4度目の訪問となる。この度の目的は、松尾山に布陣した秀秋の陣所を見て回る事。家康の問鉄砲に慌てふためいた秀秋は、西軍から東軍に寝返ったとの通説だけど、松尾山の標高は293.3mと結構な高所である。果たして、山頂で鉄砲音が聞こえるのだろうか。自分の足で確認したい。お付き合い頂いた*火間虫入道-信長の野望 蒐集者の庭-*のいつまでさん、ありがとうございました!

駐車場
駐車場
駐車場には、木の杖が用意されていた。杖を使うほど、大変な山道なのかと不安が過ぎる。

松尾山登山口
松尾山登山口
とてもじゃないと、2〜3人ずつしか通れなさそうな狭い登山口。通説によれば、秀秋の兵数は、一五六〇〇である。こんな大人数で、ウジャウジャと布陣したんかいな。

0.9KM 30分
0.9KM 30分
もう半分ぐらい登ったかと思ったら、まだまだでやんの。ここからが本番だって、ヤツですね。

関ヶ原の町並
関ヶ原の町並
途中、関ヶ原の町並を望む。どれほどの標高か分からないが、これぐらいの高さならば、鉄砲音は聞こえるのだろうか。家康の鉄砲隊が松尾山に近付くには、西軍の脇坂安治隊が邪魔なのね。でも、脇坂さんも実は東軍だから、家康の鉄砲隊は、問題なく松尾山の山麓に辿り着けたのかな。…と妄想しようにも、ゼェハァし過ぎて、考えがまとまらず。のど飴が喉に貼り付いてしまった。キツイ。

山頂へ
山頂へ
…し、死ぬ。そう思った時、秀秋の陣跡が見えた!

山頂
山頂
ふぅーッ、物凄い達成感だ。よく頑張ったね。また山においでよ。三歩さん、勘弁して下さいw

松尾山城(長亭軒)史
松尾山城(長亭軒)史
松尾山城は織田信長の持ち城だったが、浅井長政に奪われた。長政討伐後は、廃城となった。

関ヶ原古戦場
関ヶ原古戦場
松尾山の山頂から、関ヶ原古戦場を望む。私は、これがやりたかったんだ!左上のが三成が陣を敷いた笹尾山。その下のが、小西行長が陣を敷いた北天満山。開戦地にも近い。右寄りのの小さな森が島津義弘の陣。真ん中のが勝敗を決めた決戦地。笹尾山から決戦地まで、直線距離にして200mぐらいかな。ここまで東軍に押されたら、もうダメだァね。松尾山の足元には、脇坂さん、小川祐忠、朽木元綱、赤座直保が陣を構えていた。

関ヶ原古戦場
関ヶ原古戦場
ちょっとだけ位置を変えて、写真を撮ってみた。秀秋の旗下にあるが宇喜多秀家が陣を敷いた南天満山。大谷吉継の陣は秀家の陣から、ずーっと左奥の山ン中に入った場所。写真には、ギリギリ写ってないかもしれない。吉継の前衛には、平塚為広と戸田重政が陣を構えていた。この布陣図を見ると、寡兵の島津隊が前線に突出しているでしょ。やる気がない癖に、島津さんたら何で、こんなに前に居るのかと調べてみた。島津さん(兵数一五〇〇)は、小西さん(兵数四〇〇〇)に、もっと前線に出るよう要請した。そりゃそうだ。少数部隊が前線なんて、危険だもん。でも、コニタンは向背の定まらぬ秀秋が怖くって、とてもじゃないと前に出れないと島津さんのお願いを断った。戦う前から、西軍はダメですなあ。まあ、こういう逸話が残されているのだから、秀秋は明らかに東軍です!

小早川秀秋の旗印
小早川秀秋の旗印
伏見城の戦いで、秀秋は西軍の副将として活動してしまったから、慌てて家康に詫び状を送っている。この時点で、秀秋は西軍を離れて、東軍寄りになっている。関ヶ原本戦では、家康にカッコイイとこ見せたいじゃん。伏見城での負い目があるから、それを払拭させるような目覚しい活躍を望んで、秀秋は大兵力を投入する絶好のタイミングを見計らっていたのではないのかな。秀秋としては、今が好機到来と出陣命令を下してみても、ここは標高293mの山頂だ。大兵団が山ン中をゾロゾロと動き出すには、兎にも角にも時間が掛かり過ぎる。徳川家と黒田家から派遣された御目付役は、「だから、早め早めに行動してって、言ったでしょ!もう!」という気持ちで一杯だったに違いない。ああ、鉄砲の話ね。そんなもん、聞こえっこない。目下で、命を賭けた東西大運動会が繰り広げられているのに、大兵団が静かに観戦している訳ないよ。きっと、盛り上がっていたハズ。その最中に、家康の鉄砲隊が松尾山に発砲しても、周囲が騒がしくて聞こえません。絶対に聞こえません。
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