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日々読み漁る漫画の感想絵日記。


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お久しぶりです。

1月下旬、久しぶりに、戦国旅に行ってきた。
最近は、自分で旅行計画は立てず、旦那に全て任せている。
だから、何処に行くのか、当日になっても、ほとんど知らないのよ。
「…で、次、何処に行くの?」という質問をひたすら繰り返すアタクシ。

ドクターイエロー
ドクターイエロー
東京駅にて。
新幹線の軌道、電気設備、信号設備を検査する、ドクターイエロー。
レアキャラなの?
見ると幸せになれるらしいぞ!

小牧山城
小牧山城
築城四百五十年だそうな。
雨上がりだったので、靴が泥んこになった。
そう言えば、前回、訪問した時も雨だった。

小牧山城
小牧山城
小牧山城から町並みを望む。
あちらこちらで、改修作業中。
非常に歩き難かった。

小牧市歴史館
小牧市歴史館
以前よりも、施設が充実していて、綺麗になっていた。
「小牧・長久手の戦い」のビデオ映像は、分かり易くて面白かったなあ。

忠魂碑
忠魂碑
色金山歴史公園に移動。
ここは、初めて訪れる場所だ。

長久手合戦慰霊碑
長久手合戦慰霊碑
 天正十二年三月より 羽柴秀吉軍と
徳川家康・織田信雄の連合軍が対陣した
小牧・長久手の役で、羽柴軍が
徳川家康の本拠地岡崎へ侵攻する途中
この長久手に於いて四月九日合戦となり
徳川・織田連合軍が勝利した。
この戦いの死者は三千人に達するとも
言われる
 …と、碑文に書いてあった。

壁画
壁画
本多忠勝の壁画が!
勇ましいッスねえ。

壁画
壁画
こちらは、家康。
ダンディ〜☆

展望台
展望台
壁画の上に、展望台が建てられていた。

床机石
床机石
天正十二年(1584)四月、小牧山で
秀吉と対峙していた家康は、八日午後八時
ごろ約九千の兵を率いて小牧山を出発、岡崎
奇襲を企てて先行する秀吉方の別働隊を
追って、九日早朝色金山に兵を進めました。
 家康は、この山上に金扇の馬標を立て四
方を望見して軍議をめぐらしました。今も
残る山頂の巨石は、その時家康が腰掛けた
という逸話にちなみ、床机石と呼ばれ崇め
られ親しまれてきました。
…と、立て看板に書いてあった。

首塚
首塚
 天正12年(1584)4月9日、長久手合戦の舞台となった長久手の
村々は、野といわず山といわず戦死者の山となりました。
 この惨状を目のあたりにし、心を痛めた岩作村安昌寺の雲山
和尚は、村人たちとともに屍を集めて埋葬し塚を築いて供養し
ました。
 毎年、合戦の日には首塚に香華が手向けられ、村人らによっ
て法要が営まれますがこの法要には遠く名古屋から、尾張藩士
らの参詣もありました。
…と、立て看板に書いてあった。

勝入塚
勝入塚
長久手古戦場跡まで、徒歩で移動。
長久手町郷土資料室で、小牧・長久手の戦いについて学ぶ。
…理解できたんか、旦那よ。

庄九郎塚
庄九郎塚
お父さん(池田恒興)が討ち取られた場所のすぐ近くで、息子さん(池田元助)も殺されちゃったんだよ。
切ないねぇ、虚しいねぇ。
…と旦那に話し掛けたところ、旦那がこんなん顔になっていた→(´;ω;`)ウゥゥ。。。カワイソ
旦那は理系ラガーマン(鉄ヲタでもある)なので、文系的なモノは全く知識がない。
戦いの歴史に触れる度、古戦場に行く度、旦那が溜息をついて悲しんでいる。
でもでも、その物悲しさが良いんだわ。
まだまだ、分からんかな〜。

武蔵塚
武蔵塚
以前、長久手古戦場を訪問した時は、時間がなくて、武蔵塚を発見できなかった。
それが心残りだった。
武蔵塚は長久手町郷土資料室の側ではなく、区画がズレたところにあるんだね。


つづく。
posted by サイ 19:53comments(0)|-





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